(1)アスファルテン、レジン、ワックスがムース化に及ぼす影響
(2)界面張力に対するアスファルテン、レジン、ワックスの影響
本文
水を取り込み、ムース油と呼ばれる海水を多量に含んだ高粘度油を形成するようにな
る。 流出油の回収作業においては、このムース油の円滑な回収技術の確立が望まれ
ており、その為にも、流出原油の時間経過に伴う性状変化のメカニズム、所謂「ムース
化のメカニズム」を解明する必要がある。
本書は、大規模石油災害対応体制整備事業の一環として実施した、「流出油の経時
変化に関する実験調査」の中の、「ムース化のメカニズム解明実験」に関する部分を取
り纏めたものである。 因みに、「ムース化のメカニズム解明実験」は、ムース化が数日
程度の短期間に生ずる現象であること及び、軽質原油や高流動点原油に多いムース
化しない原油は、対象外にすることを前提として実施したものである。
目次に戻る
及ぼすことは明らかであるが、数日程度の短期間には、湿度、照度、紫外線量が原油
のムース化に影響を及ぼすことは殆ど無く、「温度」のみが影響を及ぼすと考えてよ
い。
「温度」は、海上に流出した原油の粘性を支配し、その後の海水との混合を左右するこ
とになり、その結果としてムース化に影響を及ぼすことになる。 この場合、「温度」の高
低によるムース化の傾向は、流出原油の組成と、その「温度」における流出原油の粘
性に依存し、温度が高くなればムース化(高含水率、高粘度)の傾向が大きくなる原油
もあれば、逆に小さくなる原油もある。
図.1は、実験水槽にて2種類の原油のムース化を、波浪条件を一定にして調査した
結果である。
因みに、「温度」の季節変動範囲を遥かに超えて高い流動点を示す高流動点原油
は、凝固して油塊を形成するのみで、ムース化はしない。
1) ここで言う「温度」とは、外気温だけでなく、季節によって変化する「海水温度」も含む。
対しては波の攪拌エネルギーが重要な役割を果たしていると言われている2) 。
波は風の息吹によって、水粒子が鉛直方向に円運動を繰り返す結果として生じるもの
である。図.2は水粒子の円運動によって生ずる波を表している。
海上に原油が流出すると、原油は水粒子の円運動によって水面下に押しやられて海
水との混合が生じ、波がある限り、流出油と水との混合は延々と続き、その過程でムー
ス化が進行することになる。従って、波のエネルギーが大きくなれば、ムース化の傾向
も大きくなるが、波のエネルギーが強大過ぎる場合(暴風時の荒波)は、流出油は海水
中に分散してしまい、ムース化しなくなる。
2) 石油連盟 「流出油の経時変化に関する文献調査報告書」(平成2年度)
てその温度に冷やされて凝固する為、薄い油膜にならず固形化して浮遊することにな
るが、海水温度よりも低い流動点を持つ原油は、流出と同時に海水表面上に拡散し、
薄い油膜となる。 文献3) によると、イラニアン・へビー原油或はクウェート原油100m3
が拡散した場合の経過時間毎の理論的な油膜 (油層)厚さが、P.C.Blokkerの拡散モ
デル式から導かれ、次表のように示されている。 この表から、イラニアン・へビー原油
のような流動点の低い原油では、流出から十数分後には油膜厚さが1m m以下となる
ことが分かる。
表.1 原油100m3の流出後の油膜厚さの変化 単位(cm)
経過時間 油 種 | 100sec | 1,000sec | 10,000sec | 100,000sec |
Iranian Heavy | 0.327 | 0.070 | 0.011 | 0.003 |
Kuwait | 0.210 | 0.045 | 0.010 | 0.002 |
低流動点の原油は、油層厚さが薄い程ムースが形成し易い。これは、波による攪拌を
受け易くなる為であり、実際の海域では、表.1に示したように短時間で薄膜になること
が予想され、ムース化は容易に進行することがうかがえる。又、海水表面上に拡散した
流出油は、消波効果により海面の波を静めるため、流出油の中心部はムース化し難く
波にさらされる流出油の外周部から中心部に向かって、ムース化は進行する。このこと
から、流出油の回収に当たっては、 早期にオイルフェンスを展張して、流出油の拡散
を防止することにより、油層を厚く保持し、更には流出油の外周部を波にさらさせない
ようにすることが、ムース化の抑制につながると言える。
3) Journal of the Institute of Petroleum
-vol.54,No.539
形成によるものである。 このW/O型エマルジョンの形成には、取り込んだ海水を排出
させないためのエマルジョン安定剤、即ち乳化剤が必要であり、原油中で乳化剤の役
目を果たすものとして、アスファルテンとレジンそしてワックスが考えられるが、特にアス
ファルテンとレジンが存在する為にムース油が形成されることになる。
アスファルテンは、平均分子量が2000前後で、固くて脆い褐色ないし黒色の粉状物質
であり、原油中でのアスファルテンは、マルテン(レジン+オイル)中にミセル(会合体)と
いう一種のコロイドを形成して分散している。 このアスファルテンが乳化作用を発揮す
る方法としては、界面活性効果によることよりも、図.34) のようにアスファルテン粒子が
水粒子の回りに集合し、機械的に強い界面膜を形成することによる機械的保護による
方が大きいと考えられる。機械的保護によるということは、界面活性効果による界面張
力の低下によるものではないということである。
レジンは、平均分子量が1000前後で、長鎖アルキル基と多環芳香族から構成されて
おり、極めて粘ちょうな黒色液状物質であり、原油中では軽質の炭化水素成分で希釈
されて、原油の粘性に大きな影響を与えている。このレジンが乳化作用を発揮する方
法としては、アスファルテンとは異なり、界面活性効果によるものと、レジンそのものの
粘性によるところが大きいと考えられる。
4) コロイドと界面の化学(第3版)北原文雄,青木幸一郎共著
より引用
を形成するようになる。これは流出海域の波によって原油と海水との混合が生じ、原油
中に海水が取り込まれてW/O型エマルジョンを形成して高粘度化するためである。こ
の原油のムース化に対して波の攪拌作用は、重要な役割を果たしているが、波の作
用によって海水が原油の中にとり込まれるメカニズムは、その作用が瞬時のうちに行わ
れ、肉眼での観察が困難なため未だ解明されていない。そこで、波の作用で原油の中
に海水が取り込まれる状況や、逆に海水表面の原油が海水中に取り込まれる状況を
高速度ビデオカメラで撮影し、その瞬間の現象を微速度化し、コマ分析することによ
り、波の作用のメカニズムを調査した。
断続的に砕波が発生している回流水槽の海水表面にカタール・マリン原油を流し込む
と、原油は海水面直下に流れ込み浮上して海水表面に広がり、一部は油滴となり海水
中を漂い始めた。 油滴の大きさは、大きいもので1cm程度、小さいものでは数mmと種
々雑多であった。 この現象は、波による水粒子の鉛直方向への円運動により生じたも
ので、水粒子の運動によって分断された油が水粒子の運動エネルギーに打ち勝つだけ
の浮力を持っていれば浮上し、逆であれば油滴となり水中を浮遊することになるため
である。
写真.1はその状況を側面から写したものである。既往の文献5) は、油膜から油滴が
分離する条件として、〔乱流強度〕>〔浮力〕 +〔表面張力〕
という式が成り立つ事を報告している。
5) (社)日本海洋開発産業協会 著 「海洋石油開発に伴う環境影響調査成果報告書」(昭和59年度)
写真.1
数分経過後、海水表面全域に油膜が広がると砕波が見られなくなり、海水中の油滴の
浮上が進行し、大粒の油滴は海水表面の油膜の直下に集まってきた。集まった油滴
の一部は油膜に取り込まれ、又一部は油滴のままで油膜の直下を波の動きに追従し
ながら浮遊する状態が見られた。写真.2はその状況を写したものである。
写真.2
写真.3〜6は、この時点での波による海水中への油の取り込みを連続的に写したもの
である。
写真.3
写真.4
写真.5
写真.6
この写真から、海水表面付近の油は、波の山の部分に集中して波の進行方向に移動
するため、海水表面の油膜に粗密状態が生じることが判った。
そして、砕波の波頭が砕け散る過程で、油は激しく攪拌されながら鉛直方向に、即ち
海水中に油滴となり取り込まれるようになることが判った。
取り込まれた油滴は、浮力によって徐々に浮上し、再び海水表面の油 (ここではエマル
ジョン化した原油)と合一するようになる。この過程が延々と続き、ムース化し易い原油
の場合は、この過程の中で海水を取り込みムース油を形成するようになり、一方ムース
化し難い原油は水中への分散という状態を呈するようになるものと思われる。
流して、海水が原油中にとり込まれる現象を調査した。写真.7は卓上水槽の海水表
面にイラニアン・へビー原油を流し、油膜を形成させた状態である。
写真. 7
この状態から、徐々に波を発生させて油膜の動きを観察した。油膜は波の動きによっ
て更に広がり、濃淡のある油膜を形成した。海水表面に乱流が発生するようになると波
の山では厚く、波の谷では薄い油膜を形成するようになり、油膜の中に特に濃厚な部
分が点在するようになった。 この濃厚な部分は直径数mm程度のものであるが、波の
作用で伸縮を繰り返しながら、 波の進行方向に対峙して口を開けた三ケ月状に変形
し、次の瞬間には1mm程度の水球を取り囲んでいた。 この現象は各所で起き、徐々
にそれぞれが寄り集まって、一塊りのエマルジョンを形成した。 写真.8は、この一連
の過程を捕えたものである。
この一連の過程を通して、砕波は形成されなかったので、海水中への油滴の混入は
見られなかった。
写真.8
以上の調査結果から、ムース化に対する波の作用のメカニズムを考察すると、
@ 海水表面に流れ出た原油は拡散し、油膜を形成すると同時に、波の作用によって
油膜が伸縮を繰り返す。
A 波の作用で激しく流動する海水と、伸縮を繰り返す油膜との境界面において、油
膜が厚い層を形成する状態即ち波の山の部分で局部的な油水の混合が生じ、油層
に進入した水は表面張力によって水滴を形成する。
B 直ちに原油中の界面吸着成分が水滴の表面に吸着し、油層からの水の
排出を抑えて安定化する。
このABの繰り返しによって、海水が原油中にとり込まれてエマルジョン化が進行し、
最終的にはムース油を形成するものと考えられる。
図.4は、海水が原油中に取り込まれる模様を、調査結果を元に描いたものである。
今回の調査では、砕波によって油滴が形成されなくても、エマルジョン化が起きてお
り、このことから、波による油膜の伸縮が海水を取り込む最も重要な役割りを果たしてい
るものと言える。 又、ムース油を形成し易い原油の場合には、砕波による油滴の形成
は原油の表面積を増やし、海水の取り込みを促進することになるが、ムース油を形成
し難い軽質原油の場合は、逆に水中への分散を促進することにもなると言えよう。
(1)アスファルテン、レジン、ワックスがムース化に及ぼす影響
響度を比較すると、その影響度はアスファルテンが最も大きく、次ぎにレジンで、ワック
スは若干関与している程度である。表.2はクウェート原油から分離採取したアスファル
テン、レジン、ワックスを、潤滑基油に同量分散させて調整した実験油の性状と、それを
ムース化した後の性状を示している。
表.2
実 験 油 | アスファルテン+潤滑基油 | レジン+潤滑基油 | ワックス+潤滑基油 | 潤滑基油 | |
性 状 | 密度@15℃ (g/cm3) | 0.9469 | 0.9263 | 0.9024 | 0.9077 |
粘度@15℃ (cP) | 1190 | 261 | 89.6 | 60.9 | |
水分 ( v%) | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | |
表面張力@25℃(dyne/cm) | 30.5 | 30.7 | 29.6 | 30.8 | |
界面張力@25℃(dyne/cm) | 26.4 | 27.8 | 27.1 | 28.1 | |
ムース化後の性状 | 密度@15℃ (g/cm3) | 0.9823 | 0.9624 | 0.9640 | 0.9080 |
粘度@15℃ (cP) | 22100 | 3120 | 425 | 61.0 | |
水分 ( v%) | 78.0 | 74.0 | 76.2 | 0.5 |
ムース化に対するアスファルテンの影響は顕著で、その粘度の上昇は、約レジンの10倍
ワックスの100倍にも及ぶ。いずれの実験油も、水分をムース油としての飽和状態まで取
り込むが、ワックスを含む実験油は、水分を一旦取り込んでも、放置すれば簡単に排出し
てしまう不安定なエマルジョンを形成するのみで、ムース化に対する影響は非常に小さい。
(2) 界面張力に対するアスファルテン、レジン、ワックスの影響
を光学顕微鏡で観察すると、アスファルテンを含有するムース油は、 1ミクロン前後の微
細な水粒子を油膜が取り巻いて、安定なW/O型エマルジョンを形成しているのが観察で
きる。又、レジンを含有するムース油の場合もアスファルテンとほぼ同様な状態が観察で
きるが、 そのエマルジョンの安定性はアスファルテンよりも劣り、水粒子の合一が徐々に
進行するところが観察できる。 ワックスを含有する油の場合は、水粒子の粒径がアスファ
ルテンやレジンに比べて遥かに大きく、数十ミクロン以上の粒子からなり、観察中も粒子ど
うしの合一が繰り返されて油水の分離が急速に進行している状況が確認できる。
このようにアスファルテン、レジン、ワックスの各成分の存在によって、粒径も安定性もそれ
ぞれ異なったエマルジョンを形成する原因は、各成分の乳化剤としての機能の違いによ
るものである。
乳化剤の乳化作用は、
1)界面活性効果により、油水間の界面張力を低下させるものと、
2)高分子物質が界面に吸着して粒子を保護する、機械的保護膜の形成による二つの作用6)、7)、8)
に大別される。 そこで、 1)の界面活性効果による乳化作用の有無について、各成分の
存在で油と水との界面張力がどのように変化するか調査したが、その結果は何れの成分
が存在しても界面張力の大きな低下は見られず、むしろエマルジョンを形成しにくいワック
スの方が界面張力の低下に寄与している場合もあった。 これ等の各成分を含んだ実験油
の界面張力と、それをムース化した結果は前述の表.2のとうりであり、界面張力に関係な
く含有する成分によって、ムース化の程度に違いが生じていることから、原油のムース化は
アスファルテン、レジン等の高分子物質の界面吸着によるものと考えられる。
6) やさしいコロイドと界面の科学(第2版) 近藤 保、鈴木四郎 共著 (三共出版)
7) コロイドと界面の化学(第3版) 北原文雄、青木幸一郎 共訳 (広川書店)
8) 界面と界面活性物質
鈴木 洋 著 (産業図書)
(3)アスファルテン量とムース化の関係
調査するために、各種原油からアスファルテンを採取し、潤滑基油に分散させてムース
化した結果、潤滑基油中のアスファルテンの添加量の増加に伴って、ムース化後の粘度
が徐々に増加し、3〜5wt%ころから急激な増加傾向を示すことが分かった。図.5は、そ
の実験結果を示している。
この現象は、 (2)で述べた高分子物質の界面吸着による、機械的保護膜の形成に深く
係わりがあるものと考えられる。
一般に、アスファルテンは原油中では一部が溶解した状態で又、他はミセルを形成して
分散媒であるマルテン(レジン、オイル)中に分散した状態で存在9) していると考えられて
おり、マルテンが取り除かれるか或はペンタンのような軽質飽和炭化水素が多量に加わり
組成バランスに狂いが生じると、ミセルの凝集、沈殿が起きるようになる。当調査は、アス
ファルテン量を増やすことによって、分散媒の絶対量が減少していく状態で、アスファル
テン量とムース化の傾向を調査したものであり、アスファルテン量が分散媒である油の分
散能力を上回って存在するようになると、アスファルテンは、ミセル状態(分子の集合体)
で油中に分散して存在することができなくなり、固体の微粒子として分離析出することに
なる。即ち、3〜5wt%程度のアスファルテン量までは、分散媒中に溶解或は分散していら
れるが、それを超えると微粒子状で分離析出するようになり、この状態になると、アスファル
テン微粒子は、水粒子の周りに吸着して機械的保護膜を形成10) し、安定なエマルジョン
を作るようになるものと考えられる。
9) アスファルト 金崎健児、岡田富男 共編 (日刊工業新聞社)
10) 油中水型の乳化の物理化学的研究(報告書)
Mark Bobra 著
各々を、2種類の溶解力の異なる溶媒( n-デカン、 n-ブチルベンゼン)11) に一定量分
散させて、ムース化前後の粘度と水分量の変化を調査した。
11)常温で液体で、構成炭素数が同じ炭化水素化合物であり、その溶解力の異なる溶媒
として、一方は飽和炭化水素のn-デカン、他方は芳香族炭化水素の n-ブチルベンゼン
を使用した。
油の、ムース化前後の粘度と水分量の変化を表している。この実験油では、溶媒がn-ブ
チルベンゼンの場合は、不安定な柔らかいエマルジョンの形成に留まったが、溶媒がn-
デカンの場合は、安定なムース油を形成し、溶媒によってムース化の程度が異なることが
判明した。
写真.9は、アスファルテンを両溶媒に加えて分散させた後の状態を、顕微鏡で観察した
ものである。
写真から明らかなように、溶媒の溶解力によってアスファルテンの分散状態が全く異なり
n-デカンではアスファルテンが固体粒子状で分散しておりn-ブチルベンゼンでは溶解し
ているのが判る。
の、ムース化前後の粘度と水分量の変化を表している。この実験油では、何れの溶媒で
も安定なムース油を形成したが、両実験油のムース化後の粘度差がアスファルテンの場
合と比べて小さくなり、レジンの場合は、分散媒の違いによる影響がアスファルテンよりも
小さいことが判明した。
の、ムース化前後の水分量の変化を表している。ワックスの実験油では、何れの溶媒でも
不安定なエマルジョンを形成しただけで、溶媒によるムース化の違いは見られなかった。
但し、水分に対しては、溶媒をn-デカンにした方が取り込みが良くなることが判明した。
アスファルテンであり、溶解力の小さい分散媒、即ち飽和炭化水素化合物の方がムー
ス化を促進することが判る。
この調査結果から、アスファルテンを溶媒中で固体微粒子として存在させた方がムース
化の傾向が強いことが判った。これは、アスファルテンの固体微粒子がムース化に寄与
していることの現れである。
レジンの場合は、アスファルテンと同様にn-デカンに溶かした方が、ムース化の傾向が強
く又、ワックスの場合は、不安定なエマルジョンが形成するにすぎないが、水分の取り込み
がn-デカンを溶媒にした方が大きい。これは、レジン及びワックスもアスファルテンと同様
に、溶媒の溶解力の影響を受けているためと言える。
ァルテンが固体微粒子状で存在する場合に、最も促進される。 これは、固体微粉末の
界面吸着性に起因するものであり、アスファルテン微粒子が水滴の回りに吸着し、機械的
保護膜を形成する12) 為である。 又、アスファルテンが溶解した状態(ミセル・コロイド)では
固体微粒子で存在する場合と比べてムース化がかなり劣るが、アスファルテン濃度を増加
していくと安定なムースが形成されるようになる。 これは溶存状態のアスファルテン、即ち
ミセル・コロイド状アスファルテンによるその溶液の粘度上昇と、生長したミセル・コロイドの
水滴への界面吸着が、W/O型エマルジョンの安定化に寄与する為と考えられる。
レジンの場合はアスファルテンのように固体微粒子状で存在していないが、レジンそのもの
の粘性と、若干の界面活性的効果によって、水滴を保持するものと考えられる。
ワックスは界面活性的効果が弱く、液状である場合は粘性も非常に小さいために、W/O型
エマルジョンの安定化に寄与しない。 しかしn-デカン中では完全溶解しないで、一部は
微粒子として分散しており、その為にアスファルテン様の界面吸着効果により、弱いながら
もエマルジョンの安定化に若干寄与するものと考えられる。
12) コロイドと界面の化学(第3版)
北原文雄、青木幸一郎 共訳 (広川書店)
溶解力の小さい溶媒( n-デカン) にそれぞれ一定量分散させて、各成分の総量が同じ
になる実験油を作成してムース化し、乳化成分の組み合わせによる、ムース化の相互作
用を調査した。図.9に、その結果を示す。
実験結果では、アスファルテンのみよりも、アスファルテン+レジン及びアスファルテン+ワッ
クスの方が粘度の増加が大きく、乳化成分の相互作用により、ムース化が促進されることが
判明した。このように、各成分の組み合わせの内、溶媒をn-デカンとした、アスファルテン+
レジンの組み合わせで見られる相互作用は、アスファルテンの固体粒子としての存在とそ
のアスファルテン粒子間の結合力をレジンの粘性が補助する為と考えられる。
微粉固体は油水界面に集まる傾向があり、エマルジョンの安定化に寄与する13)ことが知ら
れている。 アスファルテンのムース油の場合は、水粒子の周りにアスファルテンの微粒子
が吸着するものと考えられるが、吸着したアスファルテン粒子間の横のつながりは、水粒子
との界面吸着程強くなく、そのアスファルテン粒子間隙にレジンが入り、その粘性でアスファ
ルテン粒子間を結び付けることによって更に安定なムース油を形成するものと言えよう。
アスファルテン+ワックスの組み合わせによる相互作用は、明らかではないが、恐らくアスフ
ァルテン粒子とワックス粒子の共存によるものと考えられる。
13) コロイドと界面の化学(第3版)
北原文雄、青木幸一郎 共訳 (広川書店)
アスファルテン、レジン、ワックスの構造解析結果に基づき、各成分の特徴を記す。
アスファルテンは、きわめて芳香族性に富んだ高分子の炭化水素化合物であるが、その
芳香族性を示す指数である、平均化学構造パラメーターのf a値は、デュリー原油のアス
ファルテン分で0.36、カフジ原油のアスファルテン分で0.54、ウムシャイフ原油のアスファ
ルテン分では0.53であった。 これは、芳香族性が最も高いものは、カフジ原油のアスフ
ァルテンで、次にウムシャイフ原油そしてデュリー原油と順に芳香族性が弱まることを意味
している。
図.10は構造解析結果を基に、各アスファルテン分の平均分子構造を描いたものである。
この構造モデルから、デュリー原油のアスファルテンは、多重芳香族縮合環に、長鎖の
炭化水素が結合したものが、互いにつながっていることが判る。又、カフジ原油のアスファ
ルテンは、多重芳香族縮合環に、短い鎖状炭化水素が結合したものが、更に重なり合っ
て立体構造を形成していることが判る。そして、ウムシャイフ原油のアスファルテンは、他の
ものより小さい分子構造からなっており、多重芳香族縮合環に、短い鎖状炭化水素が結
合した、デュリー原油のアスファルテンに類似していることが判る。
図.11は、各レジン分の平均分子構造を描いたものである。
レジンの芳香族性はアスファルテンに比べるとかなり劣るが、その構造は、芳香族縮合環
と長鎖の鎖状炭化水素からなり、縮合環にはナフテン環が結合していることが判る。
ワックスは、長鎖の飽和炭化水素だけからなるもので、アスファルテンやレジンの分子構造
のように、芳香族縮合環は含まれない。
これ等、各乳化成分の分子構造とムース化との関連性を考察すると、一般的に分子量が
大きく芳香族縮合環に結合している、鎖状炭化水素が短く且つ、これ等が何重にも連なり
合って、立体構造を形成しているもの程、ムース化に寄与すると言える。
ものを、電子顕微鏡により観察し、ムース油のエマルジョン粒子の状態を調査した。
カフジ原油、ウムシャイフ原油、デュリー原油のアスファルテンを、n-デカンに分散して作
製したムース油の場合、水粒子表面をアスファルテン微粒子の集合体(数μmの粒)が取り
巻いている状態(写真.10〜15)が観察できた。
レジンのムース油は、カフジ及びウムシャイフ原油のレジンの場合、水粒子表面をレジン
の被膜が何重にも取り巻いている状態(写真16,17,18)が観察できた。
デュリー原油のレジンの場合は、電子顕微鏡観察の過程でレジンの被膜が昇華して水
粒子の結晶が残った状態や、水粒子も昇華してしまってできた穴(写真.19,20)が観察で
きた。
ワックスのムース油の場合は、デュリー原油のワックスでムース油を観察することができたが
、レジンのムース油と同様に、ワックスの被膜が昇華して水粒子の結晶が残った状態や、水
粒子も昇華してしまってできた穴の状態(写真.21,22)が観察できた。
観察の結果、各原油の成分ごとに、それぞれ特徴のあるムース油を形成していることが判
った。これ等の観察結果から、水粒子をアスファルテン粒子やレジンの被膜が取り巻いて
安定なムース油が形成されることが判る。
である、アスファルテン、レジン、ワックス(ワックスの影響は、小さい。)であることが判明した。
そこで、これらの乳化成分を除いた残りの成分が、ムース化に対して及ぼす影響を調査した。
表.3は、強固なムース油を形成することが知られているアラビアン・ヘビー原油と、その原
油から乳化成分を分離除去したものに対する、ムース化前後の性状を示している。
表.3
実験油 | アラビアン・ヘビー原油 | 乳化成分を除いたアラビアン・ヘビー原油 | ||
ムース化前 | ムース化後 | ムース化前 | ムース化後 | |
水分(v%) | 0.0 | 82.1 | 0.0 | 46.1 |
粘度(cP) @15℃ | 116 | 33700 | 6.83 | 37.9 |
密度(g/cm3)@15℃ | 0.9069 | 1.0081 | 0.8653 | 0.9523 |
この結果から明らかなように、乳化成分を除いたアラビアン・ヘビー原油では、ムース油は、
形成されないことが判る。このことから、原油のムース化は、原油中に含まれるアスファルテン
レジン、ワックスといった重質成分によって引き起こされるものであり、その他の成分によって
は、ムース化は起きないことが判る。ただし、重質成分のみでは、その強大な粘性のために
海水との混合が生じないので、ムース化は生じない。結局、重質成分以外の成分は、直接
ムース化の原因物質とはなり得ないが、重質成分の分散媒としての役目を果たすことで間接
的にムース化に寄与すると言える。これまでに得られた知見に基づいて、原油の成分とムー
ス化との関連性を表すと、概ね図.12のように分類できる。
過程を経て、ムース油を形成すると考えられる。以下に各過程について詳述する。
タンカーの座礁、転覆等によって海上に流出した原油は、その原油が低流動点原油
の場合は、流出と同時に海水表面上に拡散して薄膜を形成すると共に、揮発成分が
蒸発して重質化する過程を経る。低流動点原油の薄膜化は、P.C.Bl ok k e rの拡散
モデル式から導かれるように、 100 m3の原油が瞬間的に流出した場合でも、十数分
後には1m m以下の油膜を形成することが判る。
14) 出展: Journal of the Institute of Petroleum Vol.54,No.539
実際の海域では、風波の影響により、拡散は更に促進され、潮流による移流も加わり、
油膜は短時間で広範囲に広がり、薄膜化することになる。又、揮発性成分の蒸発は、
その海域の海水温度、外気温度に大きく依存し、更に風波の影響を受けることになる
が、四季を通して日本近海の海象では、原油に流動性があれば原油の如何を問ず、
流出後2時間を経過した時点で、炭化水素化合物のC7〜C8が消失することが判明し
ている。これは、蒸発がその温度における、個々の炭化水素化合物成分の飽和蒸気
圧に則しているためである。
図.15は、同一条件における軽質原油と重質原油の炭化水素成分の消失と、経過時
間の関係を表わしており、軽質、重質に係わらず、時間経過に伴ってほぼ同様に炭化
水素成分が消失することが判る。その結果として、流出油は徐々に重質化し、密度、
粘度及び表面張力の上昇といつた物性変化を生じ、海水−流出油間の密度差及び
界面張力の縮少をもたらす。
一方、高流動点原油の場合は流出と同時に油塊となって海上を浮遊することになる。
これは、高流動点原油が重質のワックス分を多く含むため、タンカー輸送中に流動性
を保つように加温されており、流出によって海水と外気で冷やされて、固形化するため
である。従って、高流動点原油の場合は、一般的にムース油を形成しないので以降は
論述しない。
風波のある海域において、流出原油が揮発成分を含む段階では、 (1)の過程と同時
に、薄膜化した流出原油中への海水の混入と排出や、海水中への油滴の混入と浮上
といった、油水の混合状態が生じる。これは波の作用で海水表面上の油膜が伸縮運
動を繰返すことと、砕波のような強い回転運動を伴った波によって、油膜が海面下に
押しやられるためである。 (この段階での油水混合の状態は不安定で、波の無い状
態即ち平水状態になると直ちに油水分離が生じる。)しかし、時間の経過に伴い、流出
原油から揮発成分が消失し重質化が進行すると、油膜に混入した海水の排出や、海
水面下への油滴の混入は減少し、W/O型のエマルジョンを形成し始める。この段階で
は、エマルジョンの粘度は、あまり高くないが、含水率は70%を超えるものもある。
(2)の過程で流出原油の油膜中に取り込まれる海水の水滴は、肉眼でも確認できる程
の大きさで、形成するW/O型のエマルジョンも、まだ不安定なものである。流出原油と
海水の混合によって形成されるエマルジョンは、 W/O型即ち油の中に水滴が分散し
た状態になる。これは、エマルジョンの連続相である原油の粘度が、海水より遥かに高
いことと、エマルジョンの分散質である海水の表面張力が、原油よりも大きいためであ
り、流出原油の重質化は、W/O型エマルジョンの形成を促進する。
しかし連続相の粘度増加や油水間の界面張力の減少だけでは、安定なW/O型エマ
ルジョンの形成には至らない。安定なW/O型エマルジョンの形成には、分散質である
水滴の回りを取り囲んで、水滴間の合一を押さえる物質が必要であり、その役目を果
たすのが乳化剤と呼ばれる物質である。この乳化剤に該当する物質は、原油中に重
質成分として存在する、アスファルテン、レジンであることが判明している。アスファル
テンは原油中にミセルを形成して分散しているが、水滴が混入すると、静電気的吸引
力により水滴の周囲に吸着し、機械的な保護膜を形成し、水滴間の合一、凝集を妨げ
る役目を果たすようになる。又、レジンは弱い界面活性効果とそれ自体の粘性により、
水滴の合一を防ぐと共に、水滴表面に吸着したアスファルテン微粒子間の間隙を補強
する役目を果たすようになる。
これらの乳化成分の働きは、原油が海水面に流出し、波の作用で油水混合が生じる
時点から始まっている。 しかし、流出当初は原油中の揮発成分がその働きを抑える
ためエマルジョンを形成しないが、揮発成分の消失に従って乳化成分の界面吸着効
果が現れて、安定なW/O型エマルジョンの形成へと進展する。安定なW/O型エマル
ジョンの形成の役目を担う、アスファルテン、レジンは、その分子構造によって界面吸
着効果に差異を生じる。アスファルテンは、多重芳香族縮合環に鎖状炭化水素が結
合した高分子の炭化水素化合物であり、レジンの分子構造は、アスファルテンに類似
しているが、芳香族環が少なく、長鎖の炭化水素が多い。いずれも分子量が大きく、
芳香族縮合環の多いもの程界面吸着効果が大きい。図. 16は、カフジ原油中に含ま
れるアスファルテン及びレジンの分子構造を示している。
又、アスファルテン、レジンの含有量によっても、W/O型エマルジョンの安定性に差異
を生じる。これ等乳化成分の含有量の多い原油は、安定なエマルジョンを形成する
が、含有量の少ない原油は、安定なエマルジョンを形成し難くなる。一般的に軽質原
油が安定なエマルジョンを形成しないのは、このためである。
安定したW/O型エマルジョンの形成段階では、当初急激に上昇した含水率も、平行
線をたどるようになる。一方、粘度は含水率が安定した後も上昇傾向をたどり、元油の
粘度の数千〜数万倍にも達するようになる。図. 17は回流水槽を使ったアラビアン・
ライト原油の経時変化実験における、水分と粘度の変化を示している。水分(含水率)
の増加は急激で、短時間の内に70%程度まで上昇し、その後は平行線をたどってお
り、粘度は徐々に上昇し、20,000c Pを超えて安定化している。安定なW/O型エマルジ
ョンを形成する原油は、いずれもこの傾向を示す。
粘度が徐々に上昇して高粘度化する原因は、油膜の中に取り込まれた水滴が、波の
作用により伸縮を繰り返す油膜の中で分断され、より小さな水粒子へと微細化して、そ
の周りを取り囲む油膜との間に生じる摩擦抵抗の増加によるものである。従って、ムー
ス油を油水分離すると、海水と、揮発成分が消失して重質化した原油に分かれるが、
この原油の粘度はムース油の粘度よりも遥かに低い値を示す。図. 18は、カフジ原油
の初期エマルジョンと後期エマルジョンの表面を、同倍率で捉えた電子顕微鏡写真で
ある。
W/O型エマルジョンの高粘度化は、取込まれた水滴が微細化するためであることが、
この写真から判る。
この段階のエマルジョンは、高粘度化して簡単には油水分離が生じなくなり、高含水
率のためにその色は黒茶色となって、あたかもチョコレートムース様を呈するようにな
る。そして団塊を形成して海水表面を漂うようになる。
添付図表